短編拳銃活劇単行本vol.1
□簡略アイロニーと狭い笑顔
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味覚的には甘いが心情は辛い葉巻を……唇を火傷するほどに短くなった吸い差しを捨てる。
1本140円で売られているバニラ味のフィリピン製の葉巻。5本1箱で売られているが安売りの曲に現地のローラー職人が手巻きしている隠れた逸品だ。スムーズなドローで火持ちが良く、たっぷり1時間は楽しめる。全長約130mm直径約14mmのコストが優れた葉巻だ。何でも日本の商社が現地のタバコ製造会社と提携して日本市場専用に作らせたとか。嘗てハバナと並び称せられたマニラ葉ではないのか、着香する事で辛うじて甘味を付加価値としている。故に人工的な甘さが口内に広がる。バリエーションとしてチョコ味･ラム味･蜂蜜味が販売されている。リングラベルがセロファンを捲るオープナーを兼ねておらず、葉巻本体に巻かれているのでこれで喜ばない愛煙家は少ないだろう。
その、久々に日本に降臨した愛煙家感涙の葉巻を苦い目で見詰める彼女。
タバコを止めて健康に生きればこんな山奥など、ハイキング気分で踏破できるのにと恨めしく思う。だが、止めると決めて止められる嗜好品なら嗜好品とは言わない。
結果として禁煙に踏み切るか否かと言う難問はいつも同じ答えに帰結する。 ｢どうせ長生きできる人生じゃない｣と。昔の男に臭いから止めろと言われた時も｢止めるかどうか吸いながら考える｣と嘯き、これが遠因で詰まらぬ別れを経験した。
そして何度も何度も禁煙を試みるが、禁煙の誓いを破った最初の一服の旨みに中てられて情けない事に現在も……獣道を分け入りながら低下している心肺機能を嘆いている。
夏の猛暑が各地で猛威を奮う中、マイナスイオンを含む清涼な山風に頬を撫でられる。
これが仕事でなければ麓で缶ビールでも買って沢に素足を浸して一杯空けているところだ。
衣服や荷物こそは軽登山か長距離のハイキングを楽しむ出で立ちだ。中型のデイパックやアウトドアベストやトレッキングシューズを見れば擦れ違う誰もが同好の志と思い、会釈をして道を擦れ違う。
ピクセルグリーンのサファリハットが汗を吸い込み、面積の広い染みを作っている。葉巻のバニラ味が口中に残るが関係無しにペットボトルの水を呷り、塩飴を頬張る。涼しいと言えどケアを怠っては本来の仕事が完遂できなくなる可能性が生じる。悠長に体力が回復するまで休憩はできない。